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〈生き方のstyle〉

生き方は、違っていい。違いこそ、豊かさ。自分に還れば、皆違う。自分を変えようと旅をした。旅は瞑想に導き、僕は僕に還ることにした。

スピリチュアル断食合宿「わたしがわたしに戻る道」@シャロムヒュッテ

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

今回は、熱い想いでイベントのお知らせをさせていただきたいと思っています。

 

一月後、開催予定の合宿イベントです。

 

その名も、

 

スピリチュアル断食合宿「わたしがわたしに戻る道」@シャロムヒュッテ

 

です。

 

タイトルに記載された通り、会場は安曇野市のシャロムヒュッテ。

 

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ここは、僕の大好きな場所です。

 

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日本のユートピアであり、夢が生まれ、叶う場所。

傷が癒され、旅立てる場所。

 

オーナーの臼井健二さんがコツコツとじっくり、長い年月をかけ、多くの方々の協力の元、育て上げてきたお宿。

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↑健二さん 

 

そんな場所で、合宿を開催できること、とても嬉しく感じています。

 

 

断食合宿をリードする講師には、中西雅司さん。

 

中西さんは、大阪を中心に断食合宿を主催し、自分の体を自分で癒せるようになる「セルフケア」のトレーナーです。

 

断食の効果に加え、正しい方法や、断食中の過ごし方等、お伝えいただきます。

中西さんは、僕のボディワークの先生でもあり、彼の知識量や実際の体の動かし方には、これからも多くのことを教えていただけると感じています。

 

そして、何を隠そう愛くるしいキャラクターです。

ボディワークやセルフケアを差し置いても、いろいろな人に彼に会っていただきたいと感じます。

 

 

 

鋭い方は、もうお氣づきだと思いますが、

今回の合宿は、ただの断食合宿ではありません。

 

 

 

何を隠そう「スピリチュアル・断食合宿」です。

 

 

そう、スピリチュアル、なのです。 

 

 

わたしが、わたしで生まれてきた訳。

 

わたしとは、どのような存在?

 

わたしの使命は?

 

 

そんな、生きることの確信へと迫るスピリチュアルトーク(語らいの場)も用意してあります。

 

そして、スピリチュアルをより感じていただくために、

ヒーラーをゲストにお招きしています。

 

 

フラダンスのダンサーであり、ヒーラーの坂平美也さんをゲストでお招きできました。

 

坂平美也さんは、20034年 サンフランシスコのIa Oe E Ka Laのコンペティションで2年連続グループ古典部門で入賞され、国内の大会においても上位入賞されているフラダンスの実力の持ち主です。

現在は、フラダンスのエッセンスを用いたヒーリングをされています。

 

そんな美也さんのグループヒーリングも合宿中にお受けいただけます。

 

 

 

わたしは、「わたしに還るyoga」のエッセンスである、

「考える体から感じる体へシフト」するyogaに加え、

「今までわたしだと思っていた概念を破壊」するダンシングメディテーションで、

断食中の氣づきの加速をお手伝いさせていただきます。

 

 

そして、70カ国を旅したスライドを交え、旅トークもしていきます。

 

 

 

シャロムヒュッテから歩いて20分ほどに温泉がありますので、

夕方には歩く瞑想をしながら皆で温泉にも行けたらと計画中です。

 

 

我慢して、ただ辛いだけの断食ではなく、

断食で浄化されゆく自身を深く見つめ、

今回の人生における本当の目的、生まれてきた意味。

それらを集まった仲間と楽しみながらシェアできる合宿。

 

 

それが、

スピリチュアル断食合宿「わたしがわたしに戻る道」です。

 

 

多くの方々と最高の時間を共にできることを心より楽しみにしています。

 

 

2017年を絶好調でスタートさせましょう。

 

ご参加される方は、お正月ちょっと食べ過ぎても大丈夫

 

 

そして、新年のお年玉として、今回はドネイション(それぞれの感じた分をお納めいただくスタイルです)で行わせていただきます。

 

宿泊費も込みでのトータルでのドネイション。

これはシャロムヒュッテオーナーの臼井健二さんがご提案してくださいました。

 

普通では、考えられないことだと感じます。 

 

 

これが、シャロムヒュッテの実力です。

 

 

シャロムヒュッテは、ユートピアです。

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夢が生まれ、叶う場所。

傷が癒され、旅立てる場所。

 

 

 

 

さあ、時が来ました。

戻ってゆきましょう。

 

 

傷は、癒されてゆきます。

 

奥に眠る自然の力が目覚めます。

 

想像もしないほど、元氣な自分に逢いにゆきましょう。

 

生まれ出た夢を、語らいましょう。

 

そしてまた逢う日には、実現した夢と伴に。

 

 

それが、僕の夢です。

 

どうか、僕の夢を叶えてください。

 

僕の夢には、あなたの夢が必要です。

 

 

 

 

 

これが、本当の顔。

 

これが、本当の声。

 

本当のわたしから語られる、本当の夢。

 

夢が語られ、夢を生きる。

 

 

 

 

そんな世界が迫っています。

 

 

 

わたしから、あなたから始めてゆきましょう。

 

2017年、新年のシャロムヒュッテでお会いできること、こころより楽しみにしています。

 

 

 

スピリチュアル断食合宿「わたしがわたしに戻る道」@シャロムヒュッテ.pdf - Google ドライブ

ご興味のおありの方へ、詳しいタイムテーブルです↑

ご覧ください。

 

 

 

参加ご希望の方は、以下のフォームよりお申し込みください。
お宿の都合上、人数に定員がございます。

ピンと来た方は、お早めにお申し込みください。


 

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

人生の質を上げる。今、眠りが浅い方へ。

瞑想CD

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

唐突ですが、今回は睡眠、つまり眠ることについて綴っていきます。

 

それというのも、

「ヨガクラスのあとは熟睡できた」

「クラスのあと眠りに付き、朝の目覚めがいつもより氣持ちがいい」

 

「夜に、瞑想CDを使うと今まで眠れなかったのに、眠れるようになった」

「今まで睡眠薬を常飲していたが、瞑想CDを使って寝ると薬がいらなくなった」

 

という眠りにまつわるありがたいご感想が、

わたしの元にとても多くやって来ています。

 

 

わたし自身、瞑想やヨガをお伝えしていますが、

睡眠というものを大事に捉えています。

 

人生を豊かに幸せに生きてゆくことに欠かせないものが、

心身の健康であると思います。

 

そして心身の健康は、

質の良い睡眠を抜きにして成り立つことはないと感じます。

 

その睡眠の質を高めてゆくお手伝いができていること、

お薬に頼らず、瞑想の本来の薬としての性質を共有していただけること、

それは何よりもの喜びとして、瞑想を伝えながら生きているわたしの胸を熱くしてくれます。

 

 

巷では、まだまだ瞑想というと、宗教を思わせることもあり、

「あやしい」と感じてしまう方が多く居ることも事実だと思います。

 

もちろん、座禅も瞑想の一つの姿ですし、かつては仏教をはじめとし、

様々な宗教で瞑想が取り入れられていた事実もあります。

 

 

ただ、強調しておきたいことは、今分かっているだけで、瞑想には5000年もの歴史があります。

 

単にあやしいものや、人間にとって不適切なものが、歴史を超えることはできない。

それがきっと、真実でしょう。

 

瞑想には、とても多くの恩恵があります。

 

その一つとして、眠りの質が上がることを感じていただけると思います。

 

普段、思っている以上に緊張していたことにも、氣がつくでしょう。

 

力を抜いていると思っていても、抜いている「つもり」になっていたことにも、氣がついていただけると感じます。

 

続けるうちに、自然とコリやシコリは流れてゆき、体は徐々に柔軟に変化してゆきます。

 

「もし人間が、本当に完全にリラックスできるのだとしたら、あらゆる病気は治る。」

と言う方も居ます。

 

わたしも同感です。

 

ストレスや緊張が体に残り、コリやシコリを生み出し、血液の流れが悪くなってゆくことが体の免疫機能を下げ不調を招いてゆく始まりと感じます。

 

瞑想は、体を観察しながら、すこしずつ筋肉を弛めてゆき、その過程で「氣づき」の感覚を磨いてゆきます。

 

 

もし、お読みの方の中で、「瞑想はあやしい」と感じる方がありましたら、

それはご自身が「まだ知らないこと」であるだけです。

 

知らないことに対し、わたしたちの本能は身構えます。

 

知らないことは、とても良いことであるかもしれない反面、

身を脅かすことであるかもしれないからです。

 

守ろうとする本能が、知らないこと、未知なことを「怪しむ」のです。

 

眠りが浅い、睡眠薬無しでは眠れないという方、

もしくはそう言う方がお近くにいらっしゃる方。

 

質の良い眠りをお届けできる。

そんな確信を、お使いいただいている方々から頂いております。

 

お近くにお住まいの方は、ヨガのクラスにいらしていただけたら嬉しいのですが、

そういかない方もおられると感じます。

 

 

瞑想CD、どうぞお手に取りお試しいただけたらありがたいです。

 

夜、寝る前に睡眠の質を上げる瞑想は、トラック3の「水の瞑想」がおすすめです。

 

もし、使っていてまったく効果を感じないことがありましたら、お代はお返しいたします。

 

質の良い眠りで、氣持ちのよい朝を迎えていただけたら。

そのお役に立てたら嬉しく思います。

 

お使いいただき、ご感想をわたしに伝えてくださった方々、

いつもありがとうございます。

励みを頂いています。

 

 

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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《自分を傷つける人は、人を傷つける。わたしを愛する道》

瞑想・ヨガ

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

 

安曇野は、朝から雪が積もりました。

 

急に降った雪が、あれまあ、こんなにも積もっています。

 

氣の良い友人からスタッドレスタイヤを頂いたのですが、よくよくみるとどう見積もっても雪道を滑らずに走ることができない代物でした。

 

 

どこかで購入するのがよさそうです。

 

 

もし、どなたかスタッドレスタイヤをコレクションしていて整理したがっていたり、

なぜか2セット購入してしまったり、

ひょんなことで余っているタイヤをお持ちの方居ましたら、ご連絡ください。

よろこんで、引き取りに伺います。

ちなみに175/65/R14です。

 

 

 

一面に真っ白な雪景色を見て、どこか遠い記憶が当時の匂いを引き連れ、脳裏でむくりと起き上がったのを感じました。

 

僕は冬の長野県の生まれで、雪景色の記憶はどれも幼い日のものでした。

 

30歳を過ぎ、大人と呼ばれる歳となりましたが、この雪景色も30回程しか見たことがないわけで、今年はじめて広がった雪景色は、今回も心をいつかの雪景色の日まで連れて行こうとしていました。

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いつの日かの雪景色。

 

 

 

日々は過ぎ去り、季節をくぐり、歳を重ね、今に至ります。

 

 

 

時は流れ、誰もが変わってゆきます。

 

 

 

僕も、変わってきました。

 

 

 

いろいろな喜びを、感動を、痛みを、悲しみを記憶と伴に引き連れながら、今ここに居ます。

 

 

 

氣がつけば、すてきな人たち、やさしい人たち、氣の良い人たちが周りに多く居ます。

 

 

なんてありがたいことだろう。

 

そう思います。

 

 

世界中を旅し、インドに長く籠っていた経験から、ヨガと瞑想のクラスを開くようになって、関わる人もまた増え、すてきな人たちが逢いに来てくれます。

 

 

周りの方々との関わりを楽しむと同時に、

「ヨガの先生として何か伝えなければ」

「ヨガの先生なんだからしっかりとしていないと」

そんな固定概念が流れて来ては、本来の心地よい僕を連れ去っていこうとかすめてきます。

 

 

 

人は響き合いの元で、影響し合いながら成長してゆくもの。

 

 

 

そう感じていながら、人に何かを教え諭そうとする僕が、僕の前に立ちはだかってしまうときがあります。

 

 

人に対し、「こうなって欲しい。」「こう変わって欲しい。」

 

 

 

そんな思いを抱いてしまう方は、僕以外にもいるのではと感じています。

 

 

 

特に、近しい関係になるほど、その要求は強くなってしまい、互いにとって居心地の良い関係ではなくなってしまう。

そうなることを避けるが故に、人と近い関係を避ける方も居るようにも感じています。

 

 

 

 

僕にとってある出来ごとが、人間関係をより心地よいものにする糸口を教えてくれたように思いますので、こちらにシェアいたします。

 

 

 

 

先日、仲良しの方が、大きなため息をつき、ネガティブに陥って居ました。

 

どうして良いのか分からない。
とその方は未来を暗く考えているように見えました。

 

 

 

「大丈夫だよ。それは、あなたが習慣にしていた思考のパターン、すこし俯瞰して自分をみてみて。しばらくしたら思考は流れて、また元氣になるからさ」

そんな言葉を使おうとする思考が、僕の主導権を握ろうと寄り添ってきます。

 

 

 

「いつまで同じパターンで落ち込んでいるの?暗い考えにハマっている自分に氣がついて。」

そんな言葉を使おうとする思考も、僕を捉えようと流れてきます。

 

 

 

僕は、ただ、黙っていることを選びました。

 

 

 

 

同時に氣がついていました。

 

 

 

 

イライラが僕の胸の辺りに侵入していることに。

 

 

 

 

僕は苛立っていました。

 

 

 

 

笑顔がすてきで、弾けるような明るさがその人の魅力であることを知っていました。

 

 

 

 

ネガティブに陥っている姿は、似合わないと感じていたのです。

 

 

 

 

「明るい元のあなたに戻って。」

そう求めてる僕が、僕を突き動かしています。

 

 

 

 

同時に、ネガティブに陥っている目の前のその人を否定していました。

 

 

 

「ネガティブじゃ、だめなんだよ。」

 

 

そんな声が脳裏をかすめます。

 

 

 

その言葉が、内側から僕の口をこじ開け、外に向かって出て行こうとした瞬間、

 

 

はっとしました。

 

 

 

 

僕は、ネガティブであることを否定している・・

 

 

 

 

ネガティブも、ポジティブも、どちらもあっていいのに・・

 

 

 

 

熱い日もあれば、寒い日もあることと変わらないことなのに・・

 

 

 

 

 

僕は、ネガティブであるということを、僕が否定していることに氣がついたのでした。

 

 

 

 

 

僕は、ネガティブに陥っていることは、だめなことだと、決めていたのか・・

 

 

 

 

かつての記憶の僕が、僕に近づいてきます。

 

 

 

 

ため息をつき、背を丸め、ネガティブを引き連れている僕。

  

世界へ旅立つときも、抵抗していたネガティブな僕。

 

新しいことを起こす時、きまって抵抗して来たネガティブな僕。

 

 

 

 

ああ、僕は、ネガティブな僕の話も聞かず、

ただただ否定し、無理矢理言うことを聞かせてここまで来ていたんだ。

 

 

 

僕の中に、僕に否定され拒絶され、

居場所を失い苦しみながらもがいているネガティブな僕が居ました。

 

 

 

 

同時に知りました。

 

 

 

 

目の前の、ネガティブに陥っているその人は、僕であること。

 

 

 

 

うなだれ、ネガティブに落ちている方を見つめながら、

僕は、僕を見ていることに氣がつきました。

 

 

 

君はただ、こわかった。

 

身を守りたかった。

 

少し臆病で、慎重で、傷つきたくなかっただけなんだね。

 

 

そんな思いが僕に流れ込み、僕の胸を満たしていきます。

 

 

僕よ、ネガティブな僕よ、

 

ずっと、氣がつがずに居て、ごめん。

 

どうか、許して。

 

あなたを、愛している。

 

教えてくれて、ありがとう。

 

 

そんな言葉が口から漏れていました。

 

 

 

深いため息をつきながらうなだれ、ネガティブに落ちているその方は、その存在を使って、僕の内側を見せていました。

 

 

ああ、あなたが、存在を通し、僕を見せてくれていたのか・・

 

 

 

 

左目からぽろぽろと泪が溢れ、僕の服を濡らしていました。

 

 

左半身は、体において内的な性質を表していると言われます。

 

僕の内に居る押さえ込んでいた僕が、流した泪であることを感じていました。

 

 

 

同時にあることが起こっていました。

 

苛立が、消えていました。

 

 

否定されていたネガティブな僕を見つけた瞬間から、胸が軽くなっていくのが分かっていました。

 

 

僕が否定していた、ネガティブな僕。

 

 

 

僕自身が、ネガティブな僕を否定していたから、

目の前のその人のネガティブを否定していたのか・・

 

 

 

 

ネガティブもポジティブも、どちらでもいい。

 

 

 

 

そこに、善い、悪いと色を塗るのは、わたしたちの勝手な振る舞い。

 

 

 

 

嫌いな人がいて、その人を直したいと思っているのだとしたら、

その嫌いな性質は、自身の中に見えないように隠れている。

 

 

 

それがきっと、どこまでも事実なのでしょう。

 

 

 

相手は、鏡。

 

 

良く聞く言葉かも知れません。

 

 

 

 

嫌いだ!

 

イライラする!

 

変わって欲しい!

 

 

 

感情が波立った時、チャンスなのかもしれません。

 

自身の中に、同じ性質が見えないように隠れている。

その性質を見つけ出す、チャンス。

 

 

 

 

人間関係は、どこまでも学びとして僕の前にやって来ます。

 

 

以前に比べ、多くの人を受け入れられる自分を感じています。

 

 

それは、以前より、僕が僕を受け入れたからであることも感じます。

 

 

 

それでもまだまだ人に対して、

嫌だと思う性質、変わって欲しいと思うこと、色々あります。

 

 

ひとつひとつを見つめながら、自分の中に隠れている同じ性質を受け入れ、許し、愛してゆくこと。

 

 

 

自分を、愛するということ。

 

 

 

 

これが、人間関係を改善してゆく、地道で確かな道であるのでしょう。

 

 

そして、耳タコの方もいらっしゃることを承知の上で言わせていただくと、その道とは瞑想であると確信します。

 

最後は決まってわたしの瞑想CDの宣伝となります。

 

愛嬌としてお許しください。

 


 

今回も、最後までお読みいただき、感謝します。

 

ありがとうございます。

わたしたちが、忘れてしまっていること。

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

秋が深まり、寒くなってきました。

 

わたしの暮らす安曇野では、朝晩は吐く息も白く、遠くに見える山々の頂きには、雪が見えるようになりました。

 

日中も然程気温も上がらず、太陽の光もやわらかです。

 

わたしはあることを日課にしていますが、

この季節になると、それをみなさんに心の底からシェアしたい氣持ちになります。

 

 

 

それは、「光の呼吸」と呼ばれるものです。

 

 

 

この呼吸法は、わたしがヒマラヤで瞑想やヨガ三昧であった時に自身の中で発見し、

その効果に驚き「光の呼吸」と名付けたものです。

 

当時は自身が生みの親であり、

名付け親であると確信しておりましたが、

下山後いろいろ調べると、

既に多くの方々がやっている定番の呼吸法であったことが分かりました。

 

 

長く患っていた病気が治ったり、

ガンが治癒したり・・そういった情報が寄せられている呼吸法です。

 

 

わたし自身も、日々氣持ちよく続けていたことにより、

さまざまな良い効果がありました。

 

わたしがお伝えいしている数々の瞑想やワークの中でも即効性があり、

継続することで効果の高まりも感じ取りやすいものであると感じています。

 

 

しかし、

科学的に解明されていないものになりますので、

スピリチュアル的に扱われていることも多く、

はじめは分からずとも続け、その効果を実感していただいた方にしかその恩恵に預かれないと言うところが、

伝えるものとして歯がゆく感じています。

 

 

光の呼吸とは、単純に説明すると、

太陽の光を呼吸により吸い込む方法です。

 

 

わたしたちは、呼吸と言えば、

酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出す。

と教わっています。

 

呼吸により、

様々なエネルギーのやり取りが起こっていると言われても、

すぐに頷けない方が殆どだと感じます。

 

これは、わたし自身も言葉ではうまい説明ができません。

実際に感じていただき、感覚から体験していただくことが近道だと感じています。

 

 

元を辿れば、

この世界に存在する生き物の多くは、太陽がなくては生きてゆけません。

そのように作られている生き物ばかりです。

 

そして、生き物の原点をひも解いてゆくと、

動物以前に植物がおり、植物に動物のルーツがあることが分かっています。

 

 

植物は光合成により、エネルギーを作り出します。

 

 

動物は、そのエネルギーを食べるという行為で得ています。

 

 

元を辿れば、エネルギーの大本は、太陽の光なのです。

 

 

どの生命も太陽の光を必要としています。

 

 

 

その太陽の光を直接浴びながら、呼吸すること。

 

 

 

 

 

事実、脳の真ん中、松果体という場所は、

太陽の光に反応し太陽を浴びることで大きくなることが分かっています。

 

松果体は、メラトニンと言う睡眠を促すホルモンを分泌する場所でもあり、太陽を浴びることで睡眠障害を改善できることも分かっています。

 

 

 

太陽の光が、体をもとの健康な状態に戻してくれるのです。

 

 

 

わたしたちは、便利な生活を求め実現しています。

スイッチ一つで電氣が付き、何事も簡単になりました。

 

同時に、今までなかった病氣や精神的な障害に悩まされるようになりました。

 

 

本来自然界の一部であったものが、

そのリズムから切り離され、

好き勝手やっている結果ではあるのですが、

元の健康で元氣な状態に戻る方法を知っておかねば、

便利さは自分の首を絞めることに繋がります。

 

 

自然の一部である生命としての人間。

もとの元氣で健康な状態に戻る方法の一つが、太陽の光を浴びることです。

そして、そこに呼吸を組み合わせることです。

 

そんな単純なことですが、

わたしはこの呼吸の効果を絶大に感じており、

どんなに声を大にしたとしてもしすぎることはないということを実感しています。

 

 

現代では、美白を謳い、化学物質で皮膚をコーティングしてしまう日焼け止めクリームなどというものが巷にはあります。

 

けしからんことではありますが、

わたし自身も男子も美白が良いのかしらん?とふらふらしていた時代があり、

そんな時はSPF50PA+++を使っていましたので、お使いの方を否定するつもりはありません。

 

 

しかし、世界中を旅し、よくよく日焼けした方々の眼差しの強いこと。

その肉体のたくましいこと。

太陽の光をそのまま動力にしているか如くのダイナミックな動きを目にし、次第に日焼け止めクリームはポイしていったのでした。

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そして、何年か振りに帰国し、日本の街を通り過ぎてゆく色白の人たちを見た時に、「あれ、日本人ってなんだか弱そう・・」と素直に感じた感覚が忘れられないのです。

 

 

光の呼吸、本当に効果があります。

 

続けることで、その効果ははっきりと感じられ定着してくると信じています。

 

わたし自身、もともと氣が小さく落ち込みやすい性格でしたが、光の呼吸を手に入れてからと言うもの、落ち込むことが無くなりました。

落ち込んだとしても立ち直りがとても早いです。

 

そのすべてが光の呼吸の効果だと言うつもりはありませんが、大きな部分を占めていることは実感しています。

 

これだけでも、すばらしい恩恵といえますが、毎日の睡眠の深さや内蔵の活性度合い等、光の呼吸をしてから変化したことは数多くあります。

 

 

光の呼吸は、わたしが制作した瞑想CDで余すことなく体験していただけます。

続けるうちに、光を吸い込んでいることが体験できるようになってゆきます。

 

ご体験いただいた方より、動画でのご感想を頂いています。

 

参考にしていただけたらありがたいです。

 

 

瞑想CDはこちらより、お分けしております。


 

今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

 

 

東京でヨガクラス、させていただきました。

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

 

先日、ご縁を頂き東京で~わたしに還るyoga~のクラスをさせていただきました。

 

 

こちら安曇野は、もうすっかり寒くなり、紅葉した葉が散り始めている時期です。

東京はと言うと、まだほんのりと暖かい、そんな陽気でした。

 

 

第1回の東京でのクラスには、初めましてのお顔に、懐かしいお顔が集ってくださり、

僕が一番楽しかったことは言うまでもない、そんなありがたい時間をいただくことになりました。

 

 

僕はもともと東京にゆかりのある人間ではないですが、

世界中を旅していた時に出逢った数々のすてきな方々は、

東京や大阪と言う都会に多く集っているのでした。

 

 

ヨガクラスに来ていただいた方とであった場所を思い返してみると、

日本はもとより、インド、エジプト、イスラエル、アルゼンチン、

と当時出逢った風景とその時のお顔を思い出し、

ご縁がこうして今も繋がっていることにしみじみと感謝の思いが湧いてくるのでした。

 

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皆、それぞれのシーンで生活し、

それぞれの思いを持ち、今も生きている。

 

 

 

「わたしに還るyoga」

 

 

 

その目的は、今までも、今も、続いている鼓動を見つめること。

 

 

今までも、今も続いて来た、息を見つめること。

 

 

細胞の分裂を、生命の営みを、その奥底で、すべてが自然であることを感じること。

 

 

 

わたしとは、自分の自であること。

 

 

自然の然とは、然り(しかり)「その通り」という意味であること。

 

 

自然とは、文字通り、「わたしその通りである」ことを体験すること。

 

 

 

あなたも、わたしも、そのとなりのお方も、木々も、虫も、すべてが鼓動し、呼吸し、奥底では一つに繋がっている。

 

 

 

わたしの奥底を見つめてゆくと、底には願いが。

 

 

その願いは、わたしの願い。

 

 

同時に、自然の願い。

 

 

わたしの願いは、自然の願い。

 

 

 

わたしとは、渡し。

 

 

 

自然の願いを実現するための渡し船のわたし。

 

 

 

 

 

 

今、わたしが自然との繋がりを忘れている時代。

 

 

わたしが、わたしが、わたしこそが!

 

 

「が」がくっついている。

 

 

 

蛾は、闇を好む。

 

 

 

光を見つけては、群がり、光を遮ってゆく。

 

 

これが、こころに住み着く「我」

 

 

 

 

わたしの奥底には、蛾がやってくることのできないまばゆい光がある。

 

 

誰もが、一人残らず、自然で仕上がっている。

 

 

自然の鼓動が、いまもわたしを動かしている。

 

 

その、いのちの源まで還ってゆく。

 

 

純粋な願い。

 

 

生まれて来た、本当の意味。

 

 

いつか必ず、皆が見つけてゆく。

 

 

そんな願いを込めて、クラスを行っています。

 

 

すぐにというわけにはいかないかもしれません。

 

 

それでも回を重ねるごとに、少しずつすこしずつ、変化を感じていただけたら。

 

 

これからの時代、

誰かが強い力で進むべき方向を示してゆくという時代ではないと感じています。

 

 

それぞれが、個々の願いを実現しながら、

輝き、響き合い、影響し合いながら、高まってゆく時代。

 

 

クラスに集っていただいた、一人ひとりの輝きに触れながら、

その思いを強くしました。

 

 

また、出張ヨガを通し、多くの輝きに触れたい。

そんな思いです。

また、呼んでください。

 

 

 

瞑想を一度、体験してみたいという方、CDをお分けしています。

 

 

日々、使っていただいている方々から、変化の声が届いています。

 

 

作り手として、とてもありがたく、

その一言ひとこと大事に心に感じながら懐にしまっています。

 

 

ご興味のおありの方、お手にしていただけたらありがたいです。

 


 

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございます。

苦しみを、超えて。

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

 

 

わたしは日々、ヨガと瞑想のクラスを開いていますが、続けてくださっている方々の変化を感じることが最近増え出し、それが喜びとなっています。

 

自分の中心が見つかった方。

 

落ち込んでも、すぐに立ち直れるようになった方。

 

自分を見つめ、ひも解く作業が楽しくなって来た方。

 

笑顔が以前よりすてきになった方。

 

 

それぞれ、瞑想やヨガを続けていくと手に入れることのできる恩恵だと感じますが、実際にそのような方が身近に増えてくることは、とてもうれしいです。

 

 

けれど、逆に

 

 

1、今までの自分と、これから向かう方向のギャップに戸惑う方。

 

2、今まで付き合って来た友だちと距離を感じ、それに戸惑う方。

 

3、自分というものが見失われてしまったように感じる方。

 

4、何が正しいのか、わからなく感じられ、戸惑う方。

 

 

そういった方も、いらっしゃるように感じています。

 

今回は、「1、今までの自分と、これから向かう方向のギャップに戸惑う」ことににいて綴ってみます。

 

 

ヨガも瞑想も、より楽しく笑顔の自分で生活できる道であります。

 

 

その道は決して修行的なものではなく、楽しみや心地よさ、リラックスというものと伴にある道です。

 

けれど、その道は、今までの自分から新しい自分へと変化する必要に少なからず迫られます。

 

その変化が、ギャップとして、時には苦しみや痛みとして感じられることが多々あると感じます。

 

 

 

大きな変化。

 

それは、文字通り「大変」

 

 

良い変化も、悪い変化も、変化というものは、どのみち大変であり苦しみを感じるものだと感じます。

 

 

なぜ変化というものが人にとって大変なものなのでしょうか?

 

 

ひも解いてゆくと、その起原は、生命の根源まで遡ってゆきます。

 

 

 

 

「ええっ!!何だって!?」

 

 

さらりと言いましたが、そんな声が聞こえて来てもおかしくはありません。

 

ですが、人間が一つの生命である以上、その性質は生命の根源まで通じています。

 

 

 

 

 

この世界に存在する生き物。

 

死を望む生物は、何一ついません。

 

 

 

「生きている以上、生き続けたい。」

 

 

 

 

これが、どの生命にもインプットされている生命の願いです。

 

 

大腸菌から人間まで、何としてでも生き延びようとする本能を持っています。

 

 

どの生命にもインプットされているこの本能が、変化を嫌うのです。

 

 

 

変化は、良い悪いに関わらず、変化です。

 

 

 

今の現状は、良い悪いに関わらず、生存可能です。

 

 

生存ができているというこの現状から抜け出すことは、生命体にとって苦痛を伴います。

 

 

生命体としては、生存ができているということが保証されることが何より一番な訳です。

 

 

過去から継続しているスタイルや習慣は、そのスタイルであれば生存が保証されて来たわけです。

 

 

新しい行動をしようと感じても、いざとなるとやめてしまう奥には、変化を嫌う生命体の隠れた本能が働いています。

 

 

長く続けて来たもの程、例えいけないと分かっていてもやめづらい理由はここにあると感じます。

 

また逆に、良いとは分かっていても過去の習慣に引きずられ、続けづらいことの原因も、ここにあると感じます。

 

 

「生きていたい」

 

という生命からの願い。

 

生存本能とも言うべき、奥からの声。

 

 

この声を聞きながらも、自分らしく夢や願いを実現してゆく。

 

そのために、人が古来より続けて来た方法が、瞑想(マインドフルネス)であると言えます。

 

 

 

 

瞑想は、座った状態を保ちます。

 

生存本能は、そんないつもと違う状態を「変化」と捉え嫌がります

 

「ああ、足がかゆいなあ」

 

「お腹がすいたよ」

 

「このあと何を食べようかなあ・・」

 

「あ、メールのチェックしなきゃ」

 

 

これらは、瞑想(マインドフルネス)では、雑念と呼ばれるものです。

 

 

雑念を流れる川に浮かぶ木の葉のように、ただただ、観察してゆくのが瞑想の基本です。

 

 

そして、この雑念。

 

発生源の殆どは、生存本能です。

 

 

特に、瞑想を始めた初期の段階が一番雑念が多く、辛い時期です。

 

じっと座る。

 

という変化。

 

なんとしてでもいつもの安心な状態に戻ろうと、生存本能はいろいろな訴えをしてきます。

 

それらの訴えを聞きながら、ただただ見守ってゆく。

 

数週間も続けてゆくうちに、生存本能は「じっと座った状態」に慣れてゆきます。

 

雑念も次第に減り、更に深い瞑想へと入ってゆくことができるようになります。

 

 

何事もそうですが、慣れるまでが一番大変です。

 

スキーやスノーボード

 

または水泳。

 

そういったものと瞑想は良く似ていると言われます。

 

滑り方、泳ぎ方が慣れて来たら、あとはすいすい楽しめるのです。

 

はじめが一番、大変。

 

大きな変化です。

 

 

水泳も、スキーも、インストラクターと伴に行うと上達が早いです。

 

瞑想にも、是非インストラクターを雇ってください。

 

CDとして出張いたしております。

 

しばらく続けていただけたら、その成果を感じていただけるはずです。

 

 

 

瞑想と出逢う前のわたし。

 

この世界の遊び、できるだけやってみました。

 

この世界の行ける場所、できるだけ行ってみました。

 

付き合う人も、絞ることなく、多くの人と付き合ってみました。

 

 

多くの経験をして来た自負は少なからずあります。 

そんな中で、こころから多くの方に体験していただきたいものが瞑想です。

 

馴染みにくいかもしれません。

 

すぐに嫌になってしまうかもしれません。

 

続けづらいかもしれません。

 

 

それらが変化を嫌う生存本能の声であると、感じていただけた方、どうかご体験してみてください。

 

 

ヒマラヤで生まれたとされる瞑想。

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今に至るまで、途絶えず引き継がれて来たからには、訳があります。

奥に、宝があるのです。

 

一緒にその宝箱を開けてみたい。

 

そんな思いです。

 

ご興味のおありの方、ぜひ一緒に瞑想(マインドフルネス)しましょう☆

 

docs.google.com

今回も、材後までお読みいただき、ありがとうございます。

これからの時代に、必要になるもの。

こんにちは。

 

~わたしに還るyoga~のクラスを開いています、山崎大です。

 

近頃になり、にわかに瞑想ブームが訪れているように感じるのは、わたしだけでしょうか?

 

 

瞑想は、もともとはヒマラヤに住み暮らす修行者が少なくとも5000年前から行っていたということが分かっているようです。

 

仏教の創始者であるお釈迦さまが、それを体系化したのが2500年前。

 

そして、ここ数年、瞑想から宗教性を排除し、科学的に効果があるエッセンスだけを抜き出した「マインドフルネス」として今、瞑想がにわかにブームです。

 

特に欧米を始めとした、GoogleFacebook、ヤフーといった企業が取り入れ、業績が上がっていると言うことが、ブームの裏付けになっているようです。

 

 

「わたしに還るyoga」のクラスは、

ムービングメディテーション(動的瞑想)を軸にしていますので、

マインドフルネス(瞑想)が多くの方々に受け入れられ始めている近頃の動きを、わたしはとても嬉しい氣持ちで見ています。

 

 

マインドフルネス(瞑想)が日常に溶け込み、

日々のジョギングを楽しむかのように、

または、

読書や音楽を楽しむかのように、

日常の隙間に入り込んで行ったらすてきだなあと思うのです。

 

 

 

現代人はどうしても忙しく、時間に追われている方が多いと感じます。

 

 

 

古代の人々は、昇る朝日を拝み、風に、炎に、水に、大地に祈り、それらを大切にしてきました。

 

 

 

現代の文化生活で、朝日を拝み、風に祈りましょう。

と言ってみたところで、

「あら、まあ。この人は・・」

となってしまうことでしょう。

 

 

現代人が、人間の持つ本来の力を保ちながらも、

文化生活をスマートに営んでゆくそのために、

マインドフルネス(瞑想)という新しい切り口が必要なのだと感じています。

 

 

マインドフルネス(瞑想)は、脳が変化することが分かっています。

 

 

では、どのように変化するの?というと、

より調和するように、

より広い視点でものごとをみることができるように変化すると感じています。

 

 

 

インドで瞑想をしていた当時、面白いと感じた出来ごとがありました。

 

 

 

当時、あらゆる瞑想に手を出していたわたしですが、

ある瞑想センターで10日間の瞑想合宿に参加していたことがありました。

 

 

インドの合宿所は、清潔でこそあるものの、日本のように設備は整っていません。

当時は12月、インドも寒い時期でした。

 

 

合宿所にお風呂やシャワーはなく、体はバケツ一杯のお湯で洗うことになっていました。

 

電氣で湧かす最新のシステム?は導入されていましたが、水がお湯になるのに30分程かかるのです。

そして1度にできるお湯の量は、15リットルほどでした。

 

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インド最新の湯沸かしシステム。

 

 

一人につき、5リットルは使うので、3人も使えばすぐにタンクは空となり、また30分待たねばお湯は手に入りません。

 

しかも、お湯を浴びることのできる時間は、わずかでした。(一日のうちの殆どは瞑想に当てられていたためです。)

 

合宿がはじまって、最初の数日、お湯浴びができる休み時間になると、お湯タンクの前には長蛇の列ができていました。

わたしもタイミングを見計らって並んでは、じれったい思いをしていました。

 

 

さらに、お湯浴びをする場所は、土足禁止なのですが、インド人は平気で土足でした。

こぼれたお湯に土足からの土が混じり、お湯浴びをする部屋は初日でいきなり汚くなっていました。

 

 

瞑想合宿がはじまって、4日目あたりでしょうか。

 

お湯汲みに並ぶ人がいなくなりました。

 

そして、だれも土足でお湯汲みの部屋に立ち入らなくなっていることに加え、使ったあとに掃除をしているようです。

お湯汲みの部屋は、とても清潔になっていました。

 

瞑想合宿中、そのような注意や指示は一切ありません。

 

ただただ、瞑想をするだけなのです。

 

 

インド人が、日に日にあからさまに変化してゆく様子は、驚きでした。

 

当時、インドに一年以上滞在していましたから、インド人の節操の悪さはご愛嬌で、愛すべき特徴だと受け入れていたわたしは、膝から崩れ落ちそうになる自分をなんとか支えていたように思います。

 

インド人には、瞑想が足りないのだ。

 

インドは、瞑想をしたらもっと良い国になる。

 

そんなことを瞑想の発祥の地で思ったことを記憶しています。

 

 

瞑想合宿中、わたし自身も多くの氣付きを得ていました。

 

何を隠そう、わたし自身も自然と部屋の掃除をするようになり、トイレでは便器からはみ出てしまった自身の片割れを丁寧に拭き取るようになっていました。

 

 

道徳とは、外側から教えてもらうとこではない。

まして、矯正されることでは決してない。

すでに、わたしたちは道徳を内側に秘めている存在だったのだ。

 

瞑想で内側を知ったとき、行動は自然と道徳的に変化しているのでした。

 

瞑想は、美しいものはすべて内にはじめから持っていることを伝えてくれるのでした。

 

 

 

よく、感謝しましょう。

とか、

人に優しくしましょう。

と聞くことがあります。

 

わたしは、

「ありがたくも思っていないのに、なんだか嫌だなあ・・」

「やさしくしたくないのに、やさしい振りをするなんて嫌だなあ」

と思う一人でした。

 

行動は、内側のこころから生まれてこそ、意味あるものであると言えます。

 

外側を繕ったところで、こころの伴わない行為は、偽物でしょう。

 

 

瞑想を続けていると、感謝の氣持ちが湧き出てくることがあります。

これは、マインドフルネスの研究でも実証されています。

 

 

なぜなのかは、頭で理解することではなく、体験することだと感じています。

 

 

このような体験が、実際に脳を変化させてゆくこと、自然によりやさしく、より感謝できる体質に変化してゆくのだと感じます。

 

 

ものの数日で、インド人を道徳的にさせてしまったマインドフルネス(瞑想)のパワー。

驚きを隠しきれません。

脳が変化することくらいは、わけないことなのでしょう・・

 

 

わたし自身は、イライラすることは減り、落ち込むことも殆ど無くなりました。

イライラさんも、不安感さんも、時々やっては来ますが、すぐに帰って行きます。

とーても、楽に。以前より自由に生きることができるようになっています。

 

この感覚を皆で味わえたらなあ。

 

それが、今の所の願いです。

 

世界を旅し、その旅路は内側の旅、瞑想へと続いていました。

 

根っからの旅人の僕は、まだまだ旅を続けます。

 

世界を旅することも、内側の旅も、どちらも大好きです。

 

でも、どちらを先にお勧めするかと言われたら、今は内側の旅だと応えます。

 

こころが広がると、より感動できるようになります。

目に映る世界が、より鮮やかになります。

 

世界中を旅しながら、どこかの大絶景の中で泣き崩れることがしてみたかった僕。

 

ボリビアのウユニ、ザンビアのビクトリアの滝、トルコのカッパドキア、アメリカのセドナ・・

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今のこころで、また行ってみたい。

もっともっと、強烈に感動できることを知っているから。

 

 

旅に出てみようかな・・そんな氣持ちがわいている方、旅のガイドにお雇いください。

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内なる旅、ご興味のおありの方、よろしくお願いいたします。

 

 

 

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今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。